「アスロック米倉くん。」
機械の限界もあるわけで。
「アメリカ製のトマホークで沈められるワスプ。」
Great Battle in animation Zipamg
こんにちは、どんなに技術が発展しても、戦争では最大の武器は頭脳である、物理学上で止まれる距離は決まっている、残念ながら、自動ブレーキには無理です、武士は「認知・確認・動作」のスピードを鍛えること、五感で覚えるので、剣客がいるのです。
アイルトン・セナ事故死 - 当時のNHKニュース映像
運転もそう。かの「アイルトン・セナ」が亡くなった「死亡事故」の時、本人も、「このセッティングとこのシーズンのマシーンはやばい」と言って事故死したのです。この年の「F1の死亡事故」の数は最悪だったので。
フルカーボンのモノコック軽量化神話、アクティブサスペンションの禁止・レギュレーションの大排気量化が事故を起こしたのですか。走っている人間は気づいていたのです。
>92年のウィリアムズFW14Bが圧倒的に強すぎたため、ハイテク禁止は93年からの予定でしたが、ウィリアムズ・ルノーでのプロストF1復帰が決まり、セナの天敵であるFIA会長バレストルの意向で1年延期になりました。
ルノーやバレストルと親密なプロストは巧妙にウィリアムズからF1復帰し、セナのウィリアムズ移籍を阻止しました。
フランス人の思惑通り、93年に余裕でタイトルを獲得し、プロストはハイテク禁止となるF1から引退しました。
94年に念願のウィリアムズ移籍を果たしたセナでしたが、追討ちをかけたのがブリアトーレ率いるベネトン&シューマッハでした。
彼らは禁止されたハイテク装備を巧妙に使い続け、非力なフォードV8で開幕戦からウィリアムズ・ルノーに肉薄し、セナにプレッシャーをかけました。
追い詰められたセナはマシンの操作性を改善するため、ステアリングシャフトを改造する羽目になり、突貫で改造した溶接部がレース中に破断して操作不能となり、コンクリートウォールに激突して亡くなりました。
セナの周囲には、強すぎるセナを排除しようとするヨーロッパ人が多く存在していました。
ヨーロッパ人以外でタイトルを獲得したのは91年のセナが最後です(97年のヴィルヌーブはフランス系カナダ人なので、実質ヨーロッパ人です)。
この事故やホンダバッシングを思い出す度に、F1はヨーロッパ至上主義なのだと思い知らされます。
運転を簡単にすると「ヒューマンエラー」が出る。
「ヒューマンエラー防止の為に高齢者にはクラッチをつけるべきだ。」
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